「美しき日々・・~それから・・~Beautiful  days」①

今日は、いつもと違う朝を迎えていた。
ヨンスが退院して、この家に帰ってくる日なのだ。
半年間の入院生活は、ヨンスにとってもミンチョルにとっても、10年ほどの年月に感じるほどの長く、つらい日々であった。
それでも、離れている間は、お互いの愛を確認できる期間でもあった。
これほど求め合っても、離れていなければいけなかったつらい日々のおかげで、ミンチョルは生きていく深い意味と、生命の尊さを痛いほどに知らされ、また、ヨンスの愛が、自分の命以上に重く、大切なものであると実感せずにはおれなかった。
骨髄移植は無事に済んだが、副作用が半年ほど続き、持病でもあった貧血症はひどくなり、状態は悪化したようだったが、それでも、ヨンスは、ミンチョルの元に帰りたいばかりに、常に希望を失うことなく、どんなに辛い治療でも耐え抜いた。
忙しい時間を割いて、毎日会いに来てくれるミンチョルにとっては、痛みに耐えながらも心配をかけないように明るく笑いかけてくれるヨンスの姿を見るのは、つらく悲しかった。その度に、ミンチョルは病院帰りにアパート近くの公園のブランコに座ると、声をひそめて泣くことしかできなかった。

ヨンスが帰ってきたら、まずはおいしいものをたべさせてあげよう・・・
行きたいというところには、どこにでも連れて行ってあげよう・・・
見たい絵や書きたい絵がたくさんあるだろう。
ヨンスの願うことなら、すべてをかなえてあげよう・・・
それでも、ヨンスのことだ。
すべてを断り、「あなたのそばにいられるだけで、私はそれだけで満足です・・・」というに決まっている。

ミンチョルははやる気持ちを抑えきれずに、面会時間まであと一時間はあるというのに、
もう、待合室で時間が来るのを待っていた。
紙袋の中には、昨日、妹のミンジとデパートで買った、ヨンスのための洋服が入っていた。
それと、ピンクのばらの小さなブーケ・・・。

5分前になり、ミンチョルはエレベーターに乗った。
7階・・・ヨンスの病室の前に着いた。
きっかり、午前10時・・・ドアをノックした。
「・・・どうぞ。」
「ヨンス、迎えにきたよ。」
ヨンスは、髪を整えているところだった。
愛するミンチョルの声が、今日ほどに優しく、愛しく感じることはなかった。
ヨンスに差し出された、ピンクのバラの花は、とても香ばしい香りを漂わせていた。
「まぁ・・・きれいね、ありがとう。」
「さ、着替えて・・・出かけるところがあるんだからね。」
ミンチョルは、ヨンスに紙袋を渡した。
なかには、バイオレットブルーのワンピースが入っていた。
有名なブランドの服であり、見るからに高そうなワンピースだった。
「たかかったんじゃないの・・・?」
今のミンチョルには、ブランドの服を買うなんて、相当の思い切りが要る状態であるのを、ヨンスは十分に分かっていた。
会社を独立させ、そのためにもかなりの借金をしているうえに、今回のヨンスの長期にわたる入院・・・出費がかさばっているはずなのに・・・。
「さあ、急いで・・・。遅れるよ。」
ミンチョルは、ヨンスのパジャマのボタンをはずしてあげた。
・・なぜ、君はこんなに細いんだ・・・
病気のせいで、ずいぶんと痩せてしまったヨンスの体を見るのが、つらく悲しかった。
「・・・どこへ、行くんですか・・?」
「まずは、おいしいものを食べに行こう。君は、なにが食べたい?」
笑いながら話すミンチョルだったが、なぜか、涙があふれるようでどうしようもなかった。
「・・・あなた・・・?」
その涙を見たヨンスは、彼の顔を覗き込んだ。
ミンチョルは、思わずヨンスを抱きしめていた。
「もう、離れたくないよ。君が、いなくなるなんて考えたくない。
 絶対に、僕の側から離れないでくれよ。
 お願いだよ、・・・どこにも、いかないで・・。」
「ええ・・・そうします・・。
 ずっと、側にいます・・・。 もう、離れませんから。
 だから、安心して・・・。
泣かないでください。  」
半年間、死と向き合いながらの不安な毎日だったのだ。
ミンチョルのこれまでの寂しくつらかった日々を、ヨンスも痛いほどに感じていた。

病院の支払いは、弟のソンジェから借りていた。
骨髄移植の手術代や化学療法などの治療費、抗がん剤などの高額医療費、それに半年間の入院費。
どんなに働いても、今のミンチョルには到底払える額ではなかった。
ヨンスは、そのことは知らなかったが、相当な治療費がかかったのではないかと、心配をしていた。
「君の病院代くらいは出せるから、大丈夫だよ。」
いつもそう言って、安心させていた。
入院している間は、つらい治療を忘れさせるために、いつも夢について語り合っていた。
「私は、すぐにでも子どもがほしいわ・・・。
 あなたによく似た、かわいい子どもが・・・。」
ヨンスのささやかな夢だった。
家族のいないヨンスにとって、温かい家庭を持つことが、ほんのささやかな希望であった。
それなのに、医者に呼ばれてミンチョルが聞いた、退院後の生活の注意事項の言葉に、夢ははかなくも壊された。
「奥様は、かなりひどい貧血症です。
白血病は完治したものの、このままだと、再生不良の重度の貧血症になるおそれもあります。
命にかかわるようなことはなくても、かなり負担になるでしょうから、
疲れさせるような事はないように、風邪など十分に気をつけてください。
定期的に健診にはおいでください。 」
「子どもを、ほしがっているのですが・・・」
「それは、望まれないほうがいいでしょう・・・。
 おつらいでしょうが、今の奥様の状態では、まずは無理でしょう・・。
 今妊娠でもされたら、それこそ、命取りにもなりかねませんよ。
 奥様には、私のほうから説明しましょうか?」
「いえ・・自分が話します・・。」
ミンチョル自身もショックだった。
ヨンスと自分の子どもを想像したことがあった。
ヨンスによく似たその子どもたちを、一生、命を賭けて守るつもりだった。
自分に受けられなかった、空よりも広い心で、海よりも深い愛で、育てていく自信があった。
それなのに・・・。
ヨンスの、ささやかな平凡であるけれども、とても大きな夢がひとつ壊れてしまったのだ。
ヨンスを抱きしめながら、どこまでも続くヨンスの不幸を思うと、次々にあふれ出る涙を抑えることができなかった。

病院を後にして出かけた場所は、小さなフランス料理店だった。
仕事の途中で見つけて、いつか、ヨンスをつれて来てあげよう、と決めていたところだった。
車も、ソンジェに借りていた。
「あまり、食べ切れそうにないです・・・。」
「僕も、久しぶりに君とデートをすると思うと、嬉しくて喉を通りそうにないよ。」
ふたりは、軽いランチを済ませると、TVスタジオに直行した。
「なにか、番組があるんですか?」
「今日は、お祝いなんだよ・・・。
 セナが10週連続1位を記録したお祝い・・・。」
「まぁ・・・セナにあえるんですか?」
「セナも、君にとても会いたがっている。
 忙しくて、あまり病院にこられなかった事を、とても残念がっていたから。」

*1)
公開放送用のホールは、満員の観衆で埋め尽くされていた。
「ついに10週連続で第一位を独走!
 セナちゃんをご紹介します!。」
拍手の波が押し寄せるステージの中央に、セナはゆっくりと歩いていった。
観客が静まるのを待ち、司会の男性がハンド・マイクを持ち直した。
「おめでとう、セナちゃん。やりましたね」
「ありがとうございます」
沸き起こる拍手が、言葉を継ごうとする司会者をたち往生させた。
「・・・・・この偉業は、何よりも、セナちゃんを支えるファンの皆さんの愛があってこそ達成できたものだと思います。ファンの皆さんに、一言どうぞ」
左の耳で揺れる銀色の小さな天使にふれ、セナはスタンド・マイクの位置を少し直した。
「今日は本当に意味深い日だと思います。まず、声援を送って下さったファンの皆さんに感謝の気持ちをお伝えします」
深々と頭を下げるセナを、喝采の渦がつつんだ。セナは頭を上げて続けた。
「そして、この場を借りて、あたしのためにたくさん苦労してくれたマネージャーのナレさん、曲を作ってくれて、苦しいときもあたしの人生の光となってくれたZEROことソンジェさん、それから長くてつらい闘病生活に負けなかったヨンスお姉ちゃんに、この栄光を捧げます」
ゆるやかな前奏が流れ、拍手の響きが、それを圧倒するほど大きく膨らんだ。
セナは目を閉じ、心を澄ませて歌い始めた。
曲は間奏へと移っていった。
この番組が生中継だということは知っていた。
それでもセナは、もうこらえきれなかった。
「お姉ちゃん・・・おかえり・・。」
マイクに向かってつぶやくと、セナは舞台の端に向かって走り、ステージと客席をつなぐ
短い階段を駆け下りた。
顔色を変えたナレと、スポット・ライトが追ってきた。
微苦笑を浮かべて見送るソンジェの横を過ぎ、セナは走った。
ステージの上から見つめていた場所で、ミンチョルの手を借り、ヨンスは立ち上がって待
っていた。
「お姉ちゃん!」
「セナ!」
ヨンスの腕に、セナはまっすぐ飛び込んだ。
丸く切り抜いたようなスポット・ライトのなかで、二人は強く抱き合った。
観客がひとつになり、声を合わせて、セナの代わりに歌っていた。

                          《②へ、つづきます》  

    
*注訳
1)は、NHK出版・ノベライズ『美しき日々』のラスト・シーンより、
 引用しました。

     **************************************************************************

STARJIWOOのみなさま、こんにちわ・・・。
私の独断の思いだけで、「美しき日々」の続編を作ってみました。
みなさまの思いとは、ずいぶん違うと思いますが、こんな続きもあるのか・・・という思いで、
お読みください。
どうか、みなさまの夢を壊すようなことがございませんように・・・。

次回作も、読んでいただけたら幸いです。           maria chris

.




댓글 '1'

reiko

2004.09.17 00:21:27

maria chrisさま こんばんは

美しき日々の続編を 読ませていただいて 感謝しております。
HPで 急がせてしまい、申し訳ありません。
でも 本当に読みたかったんです。
 今回も とっても感動して 涙しました。 もちろん続きをぜひ読みたいです。
表現ベタなので なんて今の気持ちを 表したらよいのか わかりませんが、
どうか 続編を 読ませていただけますでしょうか?
 素敵な作品を ありがとうございます。

ps いずれ 素敵な本にあることを 祈って・・・。
   これからも がんばってくださいね。
                      
                            reiko
 
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